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松方弘樹は山本万里子と再婚せずとも責任を取った人生を貫いた

松方弘樹(まつかたひろき)さんが晩年を共に過ごしたのは、元女優で現在は芸能界を引退している山本万里子(やまもとまりこ)さんです。

1998年末に前妻の仁科亜季子(にしなあきこ)さんと離婚した松方弘樹はその後、山本万里子さんとの生活を開始します。
とはいえ山本さんとは再婚せず籍も入れないという事実婚状態であったため、人によっては無責任と感じる事でしょう。

しかし離婚騒動当時、マスコミに対して

彼女(山本)をこういう形(不倫騒動)で世間にさらしてしまった事に対し、結婚とかというわけではないのですが、責任を取らなければならないと思っています。

と公言し、そしてその公約通り、その後は再婚はせずとも山本さんとの人生を貫いたのです。

松方弘樹と山本万里子の不倫が世間を賑わせた1998年11月

松方弘樹の当時の妻である仁科亜季子が、1998年11月に女性週刊誌にて松方さんとの離婚を決意したと語ったのが、この離婚騒動の発端でした。
離婚を決意した原因は、松方が30歳年下の当時26歳の女優・山本万里子さんと交際しているからだと明かし、マスコミ界は大騒動となったのでした。

山本万里子さんは当時女優として活躍していました。
1995年放送のテレビドラマ「HOTEL」の第4シリーズにおいて、松方さんと山本さんが共演している事から、そこで知り合ったのかと思ってしまいます。
実際前妻の仁科亜季子とも共演を通じて知り合ったわけですから。

ところが実は因果関係が逆でして、元々女優業志望だった山本さんが京都のシラカワという高級クラブ勤めをしていた時に、松方さんに見初められたのが業界に入ったきっかけだったのです。

松方弘樹の1998年11月の会見内容

この不倫問題について、松方弘樹がマスコミに対して会見を行った内容は

あくまで私と亜季子の夫婦喧嘩というか痴話げんかの延長だと思っています。
こういう形(会見)は不本意なんですけれども、私なりに皆さんがたにも亜季子にも彼女(山本)にも謝りたいと思っていますので。

亜季子の方が離婚をしたいという事ですが、僕は生涯カミさんは亜季子しかいないと思っています。

そして、山本さんの事についてはどう思うかという質問を受け、

僕も男としてある程度のかたちで責任を取らなければいけないなと。
責任を取るというのは彼女と結婚するとか、そういう意味ではございませんけど、彼女をこういう形で世間にさらしてしまった責任というのは、男として当然取らなければと思っています。

と冒頭で述べたように、再婚する・しないという事ではなく、とにかく責任を取ると明言したのです。

再婚はせずとも責任を取った18年間

この騒動により、1998年12月松方弘樹と仁科亜季子は離婚しました。
同時に山本万里子さんは表舞台から姿を消しました。

それから松方が逝くまでの18年間、山本さんと結婚する事はなかったのですが、共に過ごしてきたのです。
松方さんは責任を取ると公言した言葉通り、山本さんを幸せにしてきたのです。

その証拠に、松方さんが脳リンパ種の治療に専念すると発表した直後に発売された「女性自身2016年3月15日号」では

長年喜びも悲しみも分かち合い、夫婦としての実感は十分にあります。
たとえ入籍していなくても、私は妻としてずっと松方を支えていくつもりです。

そして

今日病室で彼が私へ言ったんです。
「おい、ビーフカツサンド買ってこい。」
だから元気を取り戻しているんです。
あ、これ以上言ったら松方に怒られちゃいますね。

と、松方弘樹が松方弘樹であるがゆえの行動がうれしかったのでしょうか、一瞬笑顔に戻って語ったのです。
こちら の画像のように、寄り添う姿が該当女性自身にて掲載されたのでした。

「責任を取り」そして「支えた」。
当人の2人は私達が知らない絆で結ばれているのです。

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