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古舘伊知郎の妻「降板しないと離婚」説を否定するも家賃200万の部屋で別居中

1970年代の昔から、各種実況で名言を連発する超一流の古舘伊知郎(ふるたちいちろう)アナウンサー。
2004年4月以降は報道ステーション1本に絞って出演され、そして2016年3月31日をもって降板となりました。

降板理由については本人は明言を避けており、周りでは諸説ささやかれておりますが、奥さんから
「降板しないと離婚よ」と、妻の署名とハンコが押された離婚届を突きつけられていたと「女性セブン2016年1月28日号」で報じられました。

しかしその後、その離婚説が一転、二転したので、紹介したいと思います。

報道ステーションの激務さに「離婚してほしい」

2015年12月24日に開いた記者会見で古舘伊知郎が
「ものすごく不自由な12年間だった」
と語ったように、多大な影響力を持つ報道番組ゆえに、そのプレッシャーは生半可なものではなかったことでしょう。

冒頭の女性セブンでは

夜遅い時間帯の生放送なので、平日の古舘の帰宅はいつも深夜。
土日も資料チェックや取材等で家を離れる事が多かった。

しかも影響力の大きい人気報道番組の人気キャスターゆえにプレッシャーが大きく、帰宅時には疲労困憊状態だった。

そんなこんなで古舘伊知郎の奥さんは家の事を全て背負い込み、夫の大変さを知っているだけあって何かあっても相談する事ができなかった。

何より夫の健康を心配した奥さんはキャスターを降板して欲しいと頼んだものの
「久米弘さんは18年間頑張った。自分はまだ12年」と言って聞いてくれなかった。

そこで奥さんは「離婚」を突きつける事によって降板を迫った。

と、報じたのです。

旦那の体を心配して降板させるのならともかく、忙しい旦那に対して自分が頼れないのが嫌なので、離婚を盾にして降板を要請したととらえる事ができ、少なからず奥さんの評価は下がった事でしょう。

離婚報道に対して古舘夫人が完全否定

上記女性セブンが発売された直後の1月下旬に、女性自身が自宅から外出する古舘夫人に対してインタビューを行います。

あの報道には私達もびっくりしているんですよ。
離婚届なんて嘘です。
主人は家族思いで優しく理想の男性です。

ときっぱりと離婚説報道を否定しました。
そして3月31日の最後の報道ステーションの生放送後にはどのような言葉をかけて差し上げるのかという質問には

そうですね。
「あなたお疲れ様」
ですかね。

と、評判通りの良妻ぶりだったのです。

離婚説に対して怒りの声を上げるのではなく、そういう事を言われても仕方ない立場だというのを完全に理解されている、思慮深い方というのが伺えるものです。

降板後も家賃200万の部屋で別居が続く

夫婦仲が良好だと安心したのも束の間「週刊FLASH 2016年7月12日号」では、降板後も妻と別居する古舘伊知郎の事が報じられます。

報道ステーション時代はテレビ朝日を出るのが午前1時以降になる事も多く、家族への配慮から都内の一軒家には帰らず、家賃200万円の超高級マンションを借りて古舘は主にそこで生活をしていました。
200平米を超える広さの部屋には打ち合わせ部屋や資料部屋があり、自宅とは別に実務に必要な「仕事部屋」という役割もあったのでしょう。

しかしFLASHの記事によると、報道ステーションを降板した後も古舘はこのマンションへ帰宅する日々との事です。

このマンションへ帰宅した翌日に、フラッシュ記者が古舘夫人に別居についてインタビューを行うも、前述の女性自身の時と違い回答を得る事は出来なかったのです。

古舘の所属事務所は、別居ではなく仕事部屋として使用しているだけでキチンと自宅には帰っているし夫婦仲も良好と回答していますが、フラッシュ記者は自宅へと帰る姿を一度も見た事がないそうです。

言霊の力

古舘伊知郎が仕事でハワイに行った時に、JAL(日本航空)のキャビンアテンダントだった女性と機内で知り合い嫁さんにしたのが、現在の奥さのです。

結婚したのは1987年7月なのでもう29年にもなり、3人の子供達は皆成人して社会人となりました。

本来ならお疲れ様とねぎらう関係になってもいいはずですが、なにやら夫婦間にはほころびが発生している模様です。

「降板しなければ離婚」という報道の後に、そのような流れとなったのなら、まさに発した言葉通りの結果をおこす力がある「言霊」といえましょう。

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