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X JAPAN ToshIを洗脳したMASAYAの恐るべき手法が「地獄の12年からの生還」で語られた

1997年に1度解散した「X JAPAN」ですが、解散理由はボーカル ToshIの脱退でした。
1997年4月20日にロサンゼルスのスタジオで、リーダーのYOSHIKIに脱退の意を伝えたところ「わかったよ」と返答があったのです。

その後はToshIの長年に渡る洗脳騒動があったため、この時点で洗脳されていたから脱退する事になったかと思う方もいるでしょうが、そうではありません。

ToshIが2014年に出版した著書「洗脳 地獄の12年からの生還」によると、海外での活動のためにToshIに多大なる期待と負担をかけてきたYOSHIKIからの重圧に苦しむToshIに、当時交際していた彼女が「楽になって」といった旨の発言をしたのが脱退に至った経緯なのです。

とはいえその彼女が、ToshIがその後洗脳地獄に陥るキー・ウーマンだったのは間違いありません。
「洗脳 地獄の12年からの生還」によって明らかにされた洗脳騒動について迫ってみましょう。

1993年に、後に結婚する彼女と出会う

ToshIに、ロックオペラ「ハムレット」の主役の話が舞い込んできたのが、ロサンゼルスでレコーディングをしていた1993年4月でした。
そのロックオペラでハムレットの相手役を演じた女性から、1994年春頃から手紙が届くようになり、後に交際が始まります。

トシは1992年に個人事務所を立ち上げて長兄を社長に任命するも、長兄自身がタレント活動を行うなど、とても社長とは思えない「なあなあ」ぶりを発揮します。
同時期に実家の母親が自宅にファンを入れ、お金を取って昔のビデオ映像や幼少期のトシやヨシキの写真を見せたりして、商売をしていました。

このように、多額のお金を得た事により、周囲の友人や家族でさえ変貌するという事実に
「何を、誰を信じればいいんだ」
と、ToshIは大きな不安をいだいたのです。

そんな中

いろいろ大変でしたね。
頑張った体と心をぎょっと抱きしめたあげてくださいね。

死ぬときは手を繋ぎ、一緒に逝きましょう。

と言ってくれる彼女の存在だけが孤独にあえぐToshIの心を癒し、ほどなくして交際が始まり1997年2月に入籍し妻となりました。

1997年8月にMASAYAと出会う

MASAYAの癒しの音楽に魅せられていた妻の提案で、MASAYAがプロデュースする鹿児島県屋久島にあるホテルへと夫婦揃って出かけたのが1997年6月でした。

2ヶ月後の8月には嫁の強い提案でMASAYAのコンサートへ行き、MASAYAと対面しました。
MASAYAの自信たっぷりな話を妻は涙を流しながら聞き、その日は2人で夜遅くまでMASAYAとの出会いの素晴らしさを語ったのでした。

その後は妻にMASAYAのセミナーへ行こうと執拗に勧誘されました。
X JAPAN を辞める事を決めていたうえに、周囲の人間を誰も信用できなくなっていたToshIが唯一信頼できる妻の提案ですから、渋々ながらも1997年9月上旬に行われたセミナーに出かけることになりました。

1997年9月に行われた恐怖の洗脳セミナー

セミナーでは参加者が過去のつらい体験を語るという「シェアー」が行われました。
そしてそこではMASAYAによる、過去の記憶の捏造が行われるのです。

過去の事について普通の事しか話さないと、

「こんな事があったんじゃないか?」
「兄貴からこんな事を言われたんじゃないか?」
「よほどの事がないと、お前のようにはならないからなあ。」

と、話を過激な方向や悲惨な方向へと誘導してゆくのです。

「兄から何かつらい事をされたり暴力を受けた事はなかったか?」

兄貴にビンタされたり、布団でぐるぐる巻きにされたりしました。

「その虐待から逃げるためにいい子になって生きてきたんだな。母親はどうだ?」

よく父親の悪口を言っていました。

「あんなお父さんのようにはならないで、私の言うことを聞いていればいいのよとか言われなかったか?」

はい

「そんな母親の言う事を聞いて、有名スターになろうと思ったんじゃないのか?」

確かに母親は幼少期に、美空ひばりのようなスターになりたかったらしいです。

と、MASAYAと話しているうちに、兄たちが本当に酷い虐待をしてきたように思えてきて、また、母親は自分のために息子をスターにしたかったのだと思えてくるのでした。

そして次にはもっと恐ろしい洗脳が始まるのです。

親兄弟に対する憎悪を植え付ける洗脳

次なるセラピーでは、床に丸めたマットレスを親兄弟に見立てて、それに向かって怒りをぶつける洗脳が始まります。
MASAYAは

お前は優しいから本当の気持ちが言えない。
だがそんなものは親がお前を大人しくさせるために植え付けたものだ。
そんなものは捨てて自由になれ、ぶち壊せ。

と、ステージ上でのToshI顔負けのセリフを発します。
ToshI以外の参加男性4名も

「また兄貴がボコボコにしに来るぞ。」
「母親が有名になれって言ってくるぞ。」
「やられないようにぶっ殺せ。」

とあおります。
するとToshIは突然

うぉー、馬鹿野郎!
てめーのせいで俺はこんな弱虫になったんだ

と叫びながら、丸めたマットを蹴り、床に叩きつけるのでした。
親兄弟にたいする罵声や怒りの声は次々と出てきて、決して止まる事はなかったのです。

親兄弟を殺す練習

さらに洗脳はエスカレートします。

隣の部屋に連れて行かれたToshIは、床に敷いてあるマットにうつぶせにさせられると、おもちゃのナイフを渡されます。
そしてMASAYAから

そのナイフで母親のはらわたをえぐり出せ。
兄貴の目玉をえぐり出せ。
二度と生き返れないようにしてやれ

とあおられると

ウォー、この野郎!
死ね!死ね!死ね~

と2時間以上もマット相手にナイフで格闘したのです。

心が弱っていると洗脳されやすい

X JAPAN の ToshI さんが洗脳された経緯をかいつまんで書くとこのような流れになります。
心が傷付いている時や悲しい時というのは、いとも簡単に誰かの意見を聞き入れてしまうという事象を体現した典型的な例です。

ToshI の場合は、完璧主義者のYOSHIKIから高い要求をされ続けるは、親兄弟は自分の名声の上にあぐらをかくはで、誰も信用できる状態ではなく孤独でした。

そのような状態で最愛の妻が言うならとセミナーに参加し、親兄弟に対する不信感と、MASAYAによる記憶の捏造が、見事にマッチングしてしまったのです。

「洗脳 地獄の12年からの生還」の内容はまだまだ続き、全財産を奪われるという事態にまで発展するのです。

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