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白川由美は略奪婚ゆえに娘・二谷友里恵をお嬢様として育て上げた

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郷ひろみがCMで「リー…」と歌っていたのを覚えている方もいらっしゃるでしょう。
このREE(リー)とは、郷ひろみが1987年に結婚した二谷友里恵(にたにゆりえ)さんの事を指しているのです。

女優として活躍した白川由美(しらかわゆみ)さんの娘さんが、そのREEこと二谷友里恵なのです。

白川由美の旦那さんは2012年に亡くなった二谷英明(にたにひであき)さんなのですが、嫁と子供がいた二谷英明と今で言う略奪婚で結婚したのでした。

略奪婚の経緯

1930年1月28日に京都で生まれた二谷英明は同志社大学卒業後、少々のアルバイト期間を経て1954年にラジオ佐世保へと入社しました。
佐世保で暮らしたのは2年間だけでしたが、その間に前妻と結婚し娘をもうけます。

そして30代前半だった1964年に前妻と離婚し、1936年10月21日生まれで当時20代だった白川由美と再婚します。

独身だった白川由美と、既婚者で子供もいた二谷が不倫をし、二谷が妻子を捨てて結婚したのです。
まさに略奪婚だったのでした。

当時は不倫という言葉があまりメジャーではなく、重婚扱いされたのです。
同年に白川は二谷との間に一人娘・二谷友里恵を出産しました。

娘・二谷友里恵を箱入り娘として育てる

このように略奪婚によって結婚したゆえに、世間の評判等によって娘への悪影響が出る事を心配した白川は、二谷友里恵を箱入り娘としてお嬢様育ちにしたのです。
世間に不用意にさらしては、娘に対して不倫だの重婚だのといった言葉が投げかけられるのは簡単に想像できますので。

二谷英明は老人ホームで晩年を過ごす

二谷英明は2003年に脳梗塞で倒れた後は、老人ホームで生活を送り、2012年1月7日に肺炎で病院内で亡くなりました。

自分で面倒を見ずに老人ホームに入れた白川に対し批判する人もいるかもしれませんが、場合によっては老人ホームで過ごす方が双方にとって幸せだったりします。
自分で面倒を見る事によって収入が激減し、共倒れになる可能性だってありますので。

それなら自分がバリバリ稼いで、老人ホームに入れた方が良いケースだってあるのです。
その後白川が出演した「ハケンの品格」(2007)や「家政婦のミタ」(2011)は、話題作となりました。

二谷が入った老人ホームは普通のグレードではなく高級老人ホームであり、いかに白川が夫のために収入を増やして支えたのが伺えるというものです。

その面倒見の良さから「芸能界の母」と呼ばれた白川由美が判断した事ですから、間違いでは無かったのです。

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