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大木戸ビルでは岡田有希子の命日に今なお大勢のファンが追悼していて風化していなかった

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昭和のアイドル歌手の岡田有希子(おかだゆきこ)さんが、四谷にある大木戸ビル前で亡くなったのが1986年4月8日。
この四谷・大木戸ビルの5階と6階は、当時サンミュージックがテナントとして入っていたのです。

新宿駅東口のスタジオアルタの辺りから新宿通り沿いに東へ1.5km程行くと「四谷四丁目」交差点があるのですが、大木戸ビルの場所はその四谷四丁目交差点の左手前角になります。

住所は東京都新宿区四谷4-28になります。
「4-28」の後には、4, 7, 8, 14, 15, 20といった「号」があるのですが、「7」が一番近いと思います。

今なお命日には何十人から100人位のファンが集まり、亡くなった時刻に黙祷をしており、ファンとしては風化していない事が嬉しかったりします。

没後30年の2016年の命日には外国からもファンの方が追悼しにきてくれたのが、2016年6月6日の「YOUは何しに日本へ?」で放送されました。

フランスから岡田有希子のファンが来日する

「YOUは何しに日本へ?」は、その名の通り日本へ来られた外国人の方に「何しに来たの?」と追求する番組です。
この日の放送では成田空港へ訪れた外国人に対し「何しに来たの?」とインタビューしました。

フランスから来たエリックさん(32)に突撃インタビューすると

とても変な理由なのですが、岡田有希子の30年の命日で来ました

と、かなり流暢な日本語で答えました。

エリックさんは
「岡田有希子さんは18歳で新宿のビルから飛び降りた」
という事をご存知で、他にも、山本リンダ、安西マリア、沢知美、松田聖子、菊池桃子、ピチカート・ファイブ、古井戸、はっぴいえんど等、昭和ポップスに詳しい凄い人だったのです。

その中でも岡田有希子が一番好きで、2年前にアイドル好きな同郷の友人に岡田有希子のプロモーションビデオを見せてもらった事が知ったキッカケなのです。

でもエリックさんは命日に何があるかはご存知なく、30年という区切りという事もあるので、日本人のファンが沢山集まって大きなイベントがある「かも」しれない、という思いで来日されたのです。

エリックさんは、4月8日の命日に再会する事を約束してくれ、その場は別れました。

命日に現場へ向かうエリックさん

4月8日当日、新宿で午前8時30分に番組スタッフと待ち合わせたエリックさん。
ネットで現場の映像を見た事があるというだけのエリックさんは「とうとう行ける」と心がはやります。
通行人に道を尋ねながら9時30分に大木戸ビルに到着したのです。

岡田有希子さんが倒れていた場所にはその後、人の体と同じ位のサイズの植え込みが作られました。
毎年の命日には、その植え込みに岡田さんを追悼する様々な品々が供えられています。
今年2016年も例外でありませんでした。

エリックさんは「この場所かな」と言った後、その場にしゃがみこみ、感慨深い表情で見つめ、そして近くの花屋へ向かいます。
「岡田さんの命日にはファンの方が花を買っていかれます。ピンク色の花が多いです。」
と女性店員はおっしゃいました。

花を買って10時30分に現場に戻ってきたエリックさんは

フランスまであなたの声が届きました。
ありがとう、リトルプリンセス。
エリック

と、その場で紙に綺麗な日本語で書いて、花と共に供えたのでした。

ただ
「ちょっと悲しい。もっとファンが来ると思ってた」
と悲しい表情で語りました。
実際ファンの方には誰1人出会えていないのです。
エリックさんは日本のファンと交流がしたかったのです。

ファンが集まるのは昼前

11時になった頃、いかにもテレビ局風の撮影カメラを持った女性が現れました。

「ファンの方ですか?」
「私はフジテレビの報道の者です。」
「どうしてファンが少ないのですか?」
とやりとりをした後、

亡くなったのが12時15分なので、多分お昼前になると一杯来ると思います

と告げられたエリックさんは
「えー!なるほどね」
と納得したのです。

実際11時30分になると、約50人ものファンが集まったのでした。

ファンとの交流

集まったファンを紹介すると

岡田有希子がデビューした32年前の1984年にファンクラブが結成された時の初期メンバーの方。
この方はファンクラブ限定の写真を何十枚もお持ちででした。

涙が抑えきれない19歳の女性ファンの方。
この方はおそらく1996年生まれでしょうから、岡田有希子没10年後に生まれたのでしょう。

オーストラリアから来たという男性ファンは
「(岡田有希子の追悼のために)30年前から来ている」
と言いました。
実は毎年来ているのではなく、30年前にこちらに移り住んでそのままだというのです!

この男性はオーストラリアに住んでいた32年前に岡田有希子の大ファンとなったのです。
亡くなった事を知って
「自分が好きだったものは何だったのかと思い、学校を辞めて日本に来た」
と流暢な日本語で語ってくれました。

そして何と来日後はサンミュージックで5年間働いた事もあったのです。

追悼集会が始まる

昼12時を超えて、追悼集会が始まりました。

ファン代表の方が

もう早いもので今年で30年が経ちました。
彼女が眠る成満寺のご住職は
「もう有希子さんはとっくに成仏されている」
とおっしゃっています。

だからいつまでも可哀想だなと思う必要はないそうです。

今私達ファンは元気にやってるよという気持ちをもってください、というお話をいただいています。

そして12時15分になると同時に
「黙祷」
の号令があり、ファンの方々は黙祷を捧げたのです。

また来年

この様な素晴らしいファンと出会えたエリックさんは

今日は悲しい日だけど皆が集まるのだからポジティブじゃないですか。
嬉しいです。

と語りました。

そしてまた来年も来てくれると約束して、去っていきました。

今なお風化せず、これだけの素晴らしいファンを集める岡田有希子さん。
まさに皆の心の中で生き続けるリトルプリンセスなのです。

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