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希良梨は子宮頸がん手術より旦那との子供の出産を選択した肝っ玉母さん

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1998年のテレビドラマ「GTO」にレギュラー出演していた女優の希良梨(きらり)さん。
同年には映画デビューを果たしCMや雑誌でも活躍、輝かしい将来が待っていたであろうに、20歳になったばかりの2000年に突如引退を発表して表舞台から姿を消しました。

引退理由は明かしていなかったのですが、2015年初頭に復帰を発表した際には子宮頸(しきゅうけい)がんを患っていた事を公表し、現在は歌手活動などを順調にこなしています。

そして2016年7月22日放送の「爆報THEフライデー」で、子宮頸がんの手術よりも子供を出産する事を選択した事や旦那様との馴れ初め、2度の流産など、波乱万丈だった引退後の生活が赤裸々にVTRで語られたので紹介します。

10代女性では10万人に1人の子宮頸がんに19歳で発症

元々生理痛が酷かった希良梨ですが、19歳のある日は特に痛みが酷かったのです。
母親の説得で半ば強引に病院に連れて行かれた結果、子宮頸がんと診断されたのです。

子宮頸がんとは、ウイルスが原因で「子宮頸部」と呼ばれる、子宮の入り口に発症するガンで、日本では年間1万人の女性が発症し、約2700人が命を落としているのです。

子宮頸がんは20代後半から発症率が増加し、最も多いのは40代です。
10代で発症する確立はわずか10万分の1であり、スターへの階段を順調に上がっていた希良梨にはまさに青天の霹靂だったのです。

子宮頸部を円錐切除し芸能界引退

ガンは若いほど進行が早く、もし子宮にまで転移していれば子宮を全摘出しなければなりません。
幸いにもがん細胞は子宮内部には達しておらず、子宮全摘出の一歩手前で済んだのです。

そんな希良梨に施された手術は子宮頸部を円錐型に取り除く「円錐切除」という方法で、通常4cmほどある子宮頸部を3cm切除し、手術は無事成功したのです。

しかしデリケートな部位のガンだけに性に対する偏見で語られる事が多く、10代の清純派だった希良梨のイメージダウンは避けられず、身も心もボロボロとなった希良梨は極秘手術を公表せず、人気絶頂の中芸能界から引退したのが20歳になったばかりの頃なのでした。

引退後は海外放浪の末結婚し、2度の流産を経て赤ちゃんが育つ

引退後は逃げるように海外を放浪していた希良梨は25歳の時に台湾に移住し、台湾の映画プロデューサーANKO氏と出会い結婚。
ようやく女性としての幸せな人生を掴めたのです。

26歳の時に妊娠し夫婦揃って喜ぶも、妊娠6週目の定期検診の時に医師から
「赤ちゃんは動いていない。今回は残念ですが。」
と流産である事を告げられたのです。

円錐切除した時に、流産のリスクが3~4倍に跳ね上がる事を告げられたていたのですが、まさにその通りの悲しい結果となったのでした。

そして2年後の28歳の時に再度妊娠するも、やはり6週目で2度目の流産となったのです。

それでも諦めなかった結果半年後に3度目の妊娠をし、8週目の検診では今までは聞く事なく終わっていた赤ちゃんの心臓の音が聞こえるなど、順調に育っていたのでした。

子宮頸がんが再発

しかしその後医師から告げられた言葉はあまりにも残酷でした。
「子宮頸がんが再発しています」
恐れていた再発が起こったのです。

至急手術の必要があったのですが
「次に手術を行った場合は赤ちゃんを支える事ができない体になり、子供が無事産まれてくる可能性が限りなく低くなる」
と告げられたのです。

通常4cmある子宮頸部によって子宮内の胎児を支えています。
円錐切除によって希良梨のそれは現在約1cmの厚さしかありません。

再手術を行うと子宮頸部はほぼ無くなり、胎児を支えられない体になってしまうのです。

子供を優先

旦那様は
「君がいない人生なんて意味がない」
と子供を諦めて自分の命を優先して欲しいという意見でした。

それに対し希良梨は
「私は産みたいの。心臓の音だって聞いちゃったの。」

と意見が食い違いましたが、
「この子が頑張っているのに私が頑張らなくてどうするの」
という希良梨の意見を優先し、産むことを選択したのです。

とはいえ出産まではあと8ヶ月もあります。
「頼むから私の体、あと少しだけもって」
と、まさに背水の陣で望んだのでした。

現在は長男と一緒に横浜在住

産む事を決断してから7年、爆報フライデースタッフが神奈川県横浜市鶴屋町にある薬局で薬を購入した女性に声をかけると、現在35歳となった希良梨でした。
当時のボーイッシュな感じを残しながらも、すっかり大人の女性になっていたのでした。

そして公園で笑顔で「おいで」と声をかけると、現在7歳の小学校2年生となった息子さん・スカイ君が「ママー」と駆け寄ってきたのです。

そう、無事に出産し母子共に健康だったのです。

幸い子宮頸がんは進行せず、経過を見ながらがんと闘っている日々ですが「奇跡の子供」と共に幸せな希良梨ママだったのです。

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